"寇"で終わる言葉

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言葉倭寇
読みわこう
品詞名詞
カテゴリ
意味

(1)鎌倉末期(14世紀の終り)から戦国時代(16世紀)にわたり朝鮮半島から中国大陸沿岸・海南島にかけて襲った日本人の海賊に対する朝鮮・中国側の呼称。
南北朝末期から室町初期にかけては朝鮮半島の被害が大きかった。朝鮮の高麗(コウライ)はその被害と防御には非常に悩まされ、その滅亡を早めた。倭寇討伐で功績を挙げた李成桂(リ・セイケイ)は高麗に代って朝鮮国(1392)を建てている。
勘合貿易が始まると一時下火となったが、戦国時代になると中国から南方にかけて活動が激化した。中国では明(ミン)朝がその被害に苦しみ禁圧を室町幕府に願い出たほどである。明の名将戚継光(Qi Jiguang)などの力により明末にようやく平定した。
豊臣秀吉の禁止により消滅。
明朝は朝貢貿易しか認めていなかったので、倭寇は私貿易が円滑に進むときは商人として行動し、思わしくないときには海賊行為に出たといわれる。
倭寇の構成員は、初めは瀬戸内海沿岸の漁民や土豪であったが、のちしだいに明人が倭冦と結託したかその名を借りたものが大多数となり、ポルトガル人も加わっていた。

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言葉元寇
読みげんこう
品詞名詞
カテゴリ
意味

(1)鎌倉中期に元(蒙古)軍が二度にわたり襲来した事件。
執権北条時宗が元のフビライからの服属要請を拒否。
「文永・弘安の役」,「蒙古襲来(モウコシュウライ)」,「蒙古来(モウコライ)」とも呼ぶ。の入冦),むくりこくり(むくりこくり,蒙古高句麗)

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言葉入寇
読みにゅうこう
品詞名詞
カテゴリ
意味

(1)前に支配していない地域に入ること

(2)侵略行為

(3)ある領土や領地に(しばしば大人数で)入る行為

(4)責任または非難を招く誤り

(5)敵の領地へ侵入する攻撃

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言葉和寇
読みわこう
品詞名詞
カテゴリ
意味

(1)鎌倉末期(14世紀の終り)から戦国時代(16世紀)にわたり朝鮮半島から中国大陸沿岸・海南島にかけて襲った日本人の海賊に対する朝鮮・中国側の呼称。
南北朝末期から室町初期にかけては朝鮮半島の被害が大きかった。朝鮮の高麗(コウライ)はその被害と防御には非常に悩まされ、その滅亡を早めた。倭寇討伐で功績を挙げた李成桂(リ・セイケイ)は高麗に代って朝鮮国(1392)を建てている。
勘合貿易が始まると一時下火となったが、戦国時代になると中国から南方にかけて活動が激化した。中国では明(ミン)朝がその被害に苦しみ禁圧を室町幕府に願い出たほどである。明の名将戚継光(Qi Jiguang)などの力により明末にようやく平定した。
豊臣秀吉の禁止により消滅。
明朝は朝貢貿易しか認めていなかったので、倭寇は私貿易が円滑に進むときは商人として行動し、思わしくないときには海賊行為に出たといわれる。
倭寇の構成員は、初めは瀬戸内海沿岸の漁民や土豪であったが、のちしだいに明人が倭冦と結託したかその名を借りたものが大多数となり、ポルトガル人も加わっていた。

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言葉応永の外寇
読みおうえいのがいこう
品詞名詞
カテゴリ
意味

(1)室町中期、李氏朝鮮が対馬(ツシマ)に来襲した事件。
1392(<南>元中 9,<北>明徳 3)建国以来、倭寇(ワコウ)に悩まされていた朝鮮は対馬を倭寇の本拠地と目(モク)し、1419(応永26)太宗(第3代)の軍勢、兵船227・1万7,000人の大軍で襲撃。対馬守護宗貞盛(ソウ・サダモリ)の防戦にあい、まもなく撤退した。
のち、使者の相互派遣によって誤解が解け、1423(応永30)修好を回復。日朝貿易も宗氏の統制のもとに復活した。

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